no1.
鉄道高速化についてのシンポジウム
イベント概要
2022年度内に、新幹線西九州ルートの武雄温泉から長崎間の開業が予定されていることにともない、どのように鉄道の高速化が公共交通機関のあり方を変え、学生の意思決定に影響を及ぼすかを調べるために大学生・高校生とその保護者にアンケート調査に協力していただきました。そして、シンポジウムではアンケート調査をもとに学生視点で問題提起を行い、有識者を交えたディスカッションを通して鉄道高速化と若者の未来について考えていきました。また、元サッカー日本代表で鹿島アントラーズの所属していた中田浩二さん、サガン鳥栖の高橋秀人選手をお呼びして、Jリーグと地域や大学がお互いに成長するために、どのように関わっていけばいいか、それぞれの目線で語っていただきました。
調査・研究目的
九州では新幹線西九州ルートの整備計画が1973年に決定された。 現在、武雄温泉-長崎間の開業が 2022年度内に予定されているが、佐賀県は博多一長崎間の開通に対して反対の姿勢をとっている。そのような状況のもと、本研究では、過去の新幹線開通と地域経済の関係を分析したいくつかの論文を読み、新幹線をはじめとする高速交通インフラの整備が各地域にどのような影響を与えるかを学習した。これらの学術研究の分析結果から得られる情報では、 消費者(特に交通弱者の一翼ともいえる通学者) の視点からのデータ分析はなされていないことがわかった。新幹線の開通が消費者に与える影響としては、現在通っている普通快速·特急などの並行在来線に対して、 運行本数の減少、 特急の廃止、運賃の上昇の3つの影響が出ると考えられる。運行本数の減少や特急の廃止によって鉄道の運営主体は第3セクターへと切り替わる。第3セクターは国や自治体の共同出資により行われるもので、自治体としては、 並行在来線の運賃を上昇させることになるだろう。したがって、現在、在来線を利用して通学をしている学生は現在と同等の金額では通えなくなるものと推察できる。このことは、 博多一佐賀間を在来線で移動できることを念頭に進路選択を想定している場合、 進路選択の幅が狭まる可能性があることを示唆している。進路選択の変更を媒介として、佐賀大学の新入生の減少、 学生による地域への間接的な経済効果(校区でのアルバイトなど)の縮小をもたらすという課題が見えてくる。この課題を明確にし、 通学者の実態を把握するためにアンケート調査を実施し、それに基づくデータ分析が必要であると考えた。西九州ルート開通と学生の進路·通学·居住の意思決定に関するアンケート調査を行い、データ分析をもとに学生提案をまとめることにした。
先行研究・事例
中田·外井·梶尾(2013) は利用交通手段を考慮した大学生の居住地選択に関して研究し、大学生の居住地選択には利用交通手段が影響することを示している。岸(2013)は北海道新幹線の並行在来線区間における都市間公共交通のニーズ分析を行い、交通体系を総合的に検討することが、住民に利便性の高い公共交通手段を提供することにつながるということを示している。
これらの論文から、学生を含む人々の居住地選択には交通の利便性が大きく影響を及ぼしているということが分かった。しかし、これらの学術研究の分析では、消費者(通学者)視点によるデータ分析はなされていない。
このことを踏まえて、2015年の『国勢調査報告』に掲載されている表1の佐賀県と福岡県の従業地·通学地による人口·就業状態等集計結果のデータを活用して、通勤通学の実態把握を行った。これによると、佐賀県の昼間人口が夜間人口に対して大きいこと、 佐賀県の通学者数のうち他県に常住している人口は約 3500 人であり、通学のために他県から通っている学生がいることが見て取れる。反対に、福岡県の通学者数において、うち他県に常住している人口が約13000人いることから、他県から福岡県の学校へ通っている学生も多くいることがわかる。
このように、福岡県、佐賀県の両県において他県から通学する若者が多くいることが読み取れる。その若者に焦点を当てると、若者は交通弱者であることから、電車の需要が大きいことが考えられる。以上を踏まえて、本研究では、課題を明確にし、通学者の実態を把握するために西九州ルート開通と若者の進路·通学 居住の意思決定の関連性について考えることにした。
アンケート調査概要
本研究では、西九州ルート開通が及ぼす進路·通学·居住地への影響を調べるため、アンケート調査を行った。調査対象は佐賀大学生と佐賀市内、福岡市内の高校生とその保護者である。佐賀大学生を対象とした理由は、西九州ルート開通による通学費用の跳ね上がりで進路· 通学手段をどう変えるかを聞くためである。佐賀市内、福岡市内の高校生を対象とした理由は、ルート開通による運賃上昇や通学可能範囲の拡大で進路選択に影響が出るかを知るためである。高校生の保護者を対象とした理由は、生徒の通学費用の主な経済的負担者と考えられるためである。このような理由のもと、佐賀大学、 佐賀龍谷学園龍谷高等学校、 佐賀北高等学校、福岡大学附属大濠高等学校、福岡舞鶴高等学校の協力のもとアンケート調査を実施した。 回答数は佐賀大学生が335名、 佐賀市内の高校生が全89名、福岡市内の高校生が 145名であった。
AHPによる分析
階層分析法(AHP: Analytic Hierarchy Process)とは、2つ以上の評価基準がある中で意思決定を行う方法のことである。基準ごとに比較を行い、意思決定にどれを重要視するのかを割り出すものである。本研究では、進路 居住地選択にかかわる決定要因として考えられる「通学時間」「通学費用」 「通学距離」のうちどれを重要視し、選択の根物となっているのかを調査するため、異なる単位間比較が可能な分析手法として AHPを採用し、下記で示す図1のような AHP 階層図のもと、評価茸準と代替案を設定した。
評価基準は、「通学時間」、「通学費用」、「通学距離」 を用いる。「通学時間」は、自宅から大学へ通うまでにかかる時間を聞き学生が時間をどの程重要視しているのかを問う、「通学費用」は通学にかかる金額や機会費用全てを聞き学生が費用をどの程度重要視しているのかを問う、 「通学距離」は自宅から大学までの距離を聞き学生が距離をどの程度重要視しているのかを問うためのものである。代替案は、「佐賀市内大学」と「福岡市内大学」 を用いる。 「佐賀市内大学」は新幹線西九州ルート開通によって、福岡市内からの入学者も多い佐賀市内大学の入学者の増減に大きな影響を及ぼすと考えられるためである。「福岡市内大学」も新幹線西九州ルート開通によって、佐賀市内からの入学者が多い福岡市内大学の入学者の増減に大きな影響を及ぼすと考えられるという理由で設定した。
大学生を対象としたアンケート調査に基づくAHP分析結果
図2はアンケート回答者の佐賀大学生全体の AHPの分析結果を図示したものである。この図からは、回答者の大学生は評価基準項目において、「通学時間」と「通学費用」を重要視していることがわかる。 代替案である「福岡市内大学」と「佐賀市内大学」では、「佐賀市内大学」 の方に重きを置いていることが読み取れる。
高校生保護者を対象としたアンケート調査に基づくAHP分析結果
図3は高校生全体の AHPグラフである。 このグラフからは、 高校生は評価基準項目において、「通学時間」 と「通学費用」を重要視していることがわかる。代替案である「佐賀市内大学」、「福岡市内大学」、「大都市圏大学」、「その他地方大学」では、 福岡市内大学の方に重きを置いていることが読み取れる。
CVMによる分析
アンケート内では仮想市場評価法(CVM: Contingent Valuation Method)を用いて調査を行った。 CVM とは環境の仮想的な変化を人々に示し、そのときに「いくら支払ってよいか」という支払意思額を尋ねることで環境の経済的価値を評価する手法のことである。今回CVM を使った理由は、今日話題となっている新幹線西九州ルート開通に着目し、現在の特急もしくは普通·快速電車の運賃は市場の需要と供給に見合ったものであるかどうかを分析し、西九州ルート開通後における運賃上昇後の適正価格を明らかにすることである。アンケート調査の内容は、 簡単な属性調査とともに、自宅から佐賀駅までの間に乗車する駅や総乗車時間、総電車費用を尋ねた。
電車通学費に関するCVM
電車通学費に関する CVM 調査では、回答者が自宅から佐賀駅まで移動する際に支払うことができる通学費自体の代金を尋ねた。アンケート調査では、図4のフローチャートを用いた。電車通学を行っている学生に対し、仮想の金額を提示し、最初の提示額で電車通学を続けると答えた人にはより高い金額を提示し、最初の提示額で電車通学を続けたくないというひとには、より低い金額を提示した。
電車通学費に関するCVM
図5及び表2は、 アンケートデータに基づくロジット分析の推定結果を示している。提示額の対数値In(Bid) 値の係数の符号がマイナスであるため、提示額が大きくなるほど、回答者の効用が低下して、 Yes 回答が得られる確率が低下することを示している。分析結果から回答者全体の支払意思額の中央値は22804円、 平均値は26175円と読み取れる。つまり、22804円を提示したとき、 Yes 回答とNo 回答の効用が等しくなる。平均値が中央値よりも高い理由は、推定結果の中に特急利用者が含まれており、同じ距離で比較した場合、 普通·快速電車よりも通学時間は短くなるが、運賃は高く、今回の提示額よりもすでに高い金額を支払っている通学者がいるためである。
まとめ
それぞれの分析結果より、AHPからは大学生·高校生ともに現在の居住地から近い進学先を選ぶ傾向にある。CVM からは特急=新幹線の利用や乗車時間の延長、電車費用の上昇は通学範囲·進路選択の縮小につながることがわかった。このことから、 西九州ルート開通により県外の学生や高校生が佐賀大学を進路先として考えていかなくなることが予想される。そうなると、県どうしでの若者の引き合い合戦につながっていくため、 新幹線西九州ルート開通後は、今よりも一層、佐賀大学を県内や県外にプロモーションして若者の獲得を目指していく必要がある。
no.2
さがイクリング
イベント概要
- このイベントは、2019年10月22日に佐賀のバルーンミュージアムを会場にお借りして開催された。HELLO CYCLING(運営:株式会社サガスポーツクラブ)の自転車を使用して佐賀市内の観光スポットを巡るゲーム性のあるイベントとなりました。また、「佐賀大学コミュニティサイクル貸出拠点設置実証実験」を2019年11月11日~12月14日にかけて実施し、HELLO CYCLING(コミュニティサイクル)を使用して佐賀駅周辺と佐賀大学のあいだを移動してもらおうと企画した。①佐賀市でも交通インフラは充実しておらず、生活がもっと豊かになるように、②放置自転車問題を解決するために、コミュニティサイクルに注目しその認知を広めるためのイベントを行った。
「佐賀大学コミュニティサイクル貸出拠点設置実証実験」広告はこちら⇒http://kamezemi.wp.xdomain.jp/bicycle2/
調査・研究目的
近年、佐賀市では佐賀駅周辺の放置自転車問題が社会問題になっている。一方で、我々が所属している佐賀大学でも学内の放棄自転車問題が深刻化している。これら問題の解決として我々はコミュニティサイクルの普及が有効であると考えた。コミュニティサイクルとは街中にいくつもの自転車貸出拠点(ポート)を設置し、利用者がどこでも貸出 返却できる新しい交通手段である。普及方法として、HELLO CYCLING(運営:株式会社サガスポーツクラブ)の自転車を使用して、 佐賀市内の観光スポット等をめぐるゲーム性のあるイベント及び実証実験を企画·実行した。
本研究ではイベントと実証実験の参加者を調査対象として、 イベントや実証実験がコミュニティサイクルに対する関心を深めて、その利用促進に影響を与えるのかアンケートを用いて調べた。アンケーート内では、階層分析法 (AHP : Analytic Hierarchy Process) や仮想評価法 (CVM :Contingent Valuation Method) などの分析ツールを活用する。 AHP では観光や通勤通学の移動手段の選択において何を重視しているのかを明らかにする。CVM では、コミュニティサイクルの利用やコミュニティサイクルを使用したイベントに対する支払い意思額を検証する。
先行研究
武藤(2018)は、日本においてコミュニティサイクルが機能していくには、草の根からコミュニティサイクル事業に関わり、 考える人々を増やすことから始めることが一番重要であると述べている。そして、 そのためにはそこに住む人々にコミュニティサイクルのもつ効果をしっかりと周知することが必要だとしている。
山下·古池 森本 (2005) は、交通手段選択のメカニズムを目的別に把握することにより、レンタサイクルのあり方を検討している。初めに自転車利用の特栽を把握し、地方都市における自転車利用の位置づけやレンタサイクル事業の導入傾向をまとめている。それを踏まえて、宇都宮市で導入されているレンタサイクルの利用者を対象として、属性項目、レンタサイクル利用の目的、自転車利用動機、今後の利用意向、レンタサイクルシステムに関する評価などをアンケート調査で調べている。自転車利用の要因をKJ法によって整理し、分析している。分析結果から、 観光目的でのレンタサイクルの導入には、公共交通の情報をわかりやすく提示することによりレンタサイクルや公共交通の双方の利用促進に繋がると述べている。また買い物や散策、通勤通学での導入にはその料金設定に十分配慮することが重要であると述べている。
AHPの概要
図1で示した AHP の階層図にあるように、「佐賀市中心部における観光の際の、主な移動手段を選択する場合に何を重視するか」という課題を設定し、図1で示す評価基準と代替案のもと回答してもらった。
AHPによる集計結果
図2は佐賀市中心部における観光の際の、主な移動手段に関しての AHP集計結果である。 これを見るとレンタサイクルが最も選好されていることがわかる。その内訳をみると、自由度と移動費の安さの2つの観点が重視されていることがわかる。
CVMの概要
今回はイベント案を提示して、そのイベントに参加することを想定した上で、イベント参加料金の支払意思額を回答してもらった。この設問に関するフローチャートは以下、図3の通りである。
CVMの集計結果
表1は、イベント参加費に関するアンケートデータに基づくロジット推定の分析結果を示している。分析結果から回答者の支払意思額の平均値1113円、中央値は 1003円と読み取れる。つまり 1003円を提示したとき、「はい」と回答する人と、「いいえ」と回答する人の効用が等しくなる。
AHPの概要
図5で示した AHP の階層図にあるように、「職場や大学までの通勤·通学の際の佐賀市内における移動手段の選択の際に何を重視するか」という課題を設定し、図5で示す評価基準と代替案のもと回答してもらった。
AHPの集計結果
図7は職場や大学までの通勤 通学の際の移動手段に関しての AHP の集計結果である。これを見ると、自転車を選択する人が最も多く、バスを選択する人は少ないことが見てとれる。それぞれの移動手段の評価基準の内訳をみると、HELLO CYCLING を選択する人と自転車を選択する人は共に時間の自由度を最も重視している。一方で HELLOCYCLING を選択する人は地理的制限をあまり重視しないが、自転車を選択する人はどの評価基準も同程度重視している。また、 バスを選択する人は地理的制限を重視する傾向がある。
HELLO CYCLING 利用料金についてのCVM概要
今回のアンケート調査では、 佐賀市の HELLO CYCLING を利用することを想定してもらい利用料金の支払意思額を分析できるようにした。ここではイベントアンケートと同様にダブルバウンドの二段階二肢選択方式を用いて質問を設定した。この設問に関するフローチャートは以下、図8 の通りである。ここでは金額ではなく時間に変化をつけている。これは利用時間単位が適当であるかについても分析するためである。アンケート結果を出す際には1分当たりの金額に換算している。
HELLO CYCLING 利用料金についてのCVM集計結果
表2は、HELLO CYCLING の利用料金に関するアンケートデータに基づくロジット推定の分析結果を示している。分析結果から回答者の支払意思額の平均値と中央値はともに7円と読み取れる。つまり中央値である7円を提示したとき、「はい」と回答する人と、 「いいえ」と回答する人の効用が等しくなる。ここではアンケートにおける提示額を1分単位に換算していたため、本来のHELLO CYCLINGの利用時間である 15分単位に再計算すると、105円を提示したときに HELLO CYCLING を利用すると回答した人と、利用しないと回答した人の効用が等しくなる。
考察
今回、我々は、アンケート調査で得たデータをもとに、イベントや実証実験がコミュニティサイクルに対する関心を深め、利用促進に影響を与えたか分析した。分析の結果から以下のことを我々は考察した。HELLO CYCLING の利用率向上を促すためには、第1に HELLO CYCLINGを使用したイベントや実証実験などの HELLO CYCLING に触れる機会を増やすこと、第2に大学生 社会人などの世代や佐賀県内、 佐賀県外などそれぞれの傾向に合わせた広報活動が必要であると考える。利用率向上が実現することで、HELLO CYCLING の事業規模が拡大し、貸出拠点数また貸出電動自転車数が増設することができる。最終的には、佐賀市内の公共交通の一端を担い、 佐賀市内の様々な問題解決に寄与してほしいと我々は考える。
no3.
「気づき」から「行動」へ~水環境ミ二教室
イベント概要
このイベントは、学生による水環境の現状についてのミ二講義や、シャボン玉石けん株式会社ご協力のもと、無添加石鹸の説明や手作り石鹸の体験を通して水環境に対する意識の向上を目的としていて、2019年12月21日に佐賀大学付属図書館で開催された。イベント終了後のアンケートでは、男性49名・女性31名・無回答4名の計84名分の回答を得ることが出来た。
調査・研究目的
2015年に国連サミットで SDGS が採択された。その中で、水環境問題にも注目が集まっている。佐賀県では、赤潮発生に伴う漁業被害や海苔の色落ち被害が深刻である。赤潮が発生する一因として生活雑排水が挙げられる。佐賀県は汚水処理施設の普及率が全国32位と低く、 これが未設置の地域は生活雑排水が未処理のまま海や川へ排出されている。この問題の解決策として、汚水処理施設の普及率を上げることがあげられるが、設置運用などにかかる財源の問題などがあり容易ではない。そこで、私たちができることとして、 生活雑排水をクリーン化することにより水環境問題を軽減させることを考えることにした。 水環境に関する適切な情報提供共イベントを実施し、 そこで個人の属性や、環境問題に対する意識に関するアンケート調査を行う。アンケートデータの分析手法として、階層分析法 (AHP: Analytic Hierarchy Process)による分析で回答者が洗剤の選択において何を重視しているのかを、 仮想評価法 (CVM:Contingent Valuation Method) による分析では、回答者の環境問題を改善させる事業に対する支払い意思額を明らかにする。イベント参加者と非参加者を比較して、 環境問題に関する知識の有無が環境問題を改善させる事業に対する環境問題に対する支払い意思額に差を与えるのかを、アンケートデータに基づき分析する。
先行研究・事例
本研究の目的は、水環境に対する意識や支払い意思額を調費·分析することである。そのために、アンケート調査を行い、アンケートデータの分析手法としてAHP と CVM を使用する。AHP と CVM に基づく先行研究を概観し、本研究の位置付けを明確にしておきたい。AHP を使用した先行研究としては、清水·高橋 (2012)の「水環境健全性指標を適用した AHP 手法による水環境の評価に関する研究」がある。これは河川環境に関する AHPを行っているが、そこに消費者購買行動の要素は含まれていない。 また、 橋本· 岸 佐藤 (2003) の 「グループファジィ AHP による低公害車の購入意識評価」は低公害車を購入する人が重視する基準を明らかにするための AHP を行っているが、水環境には触れられていない。この2つを踏まえると、 水環環境に関する消費者購買行動に関する研究は行われていないことが読み取れる。そこで、 水環境に関係のある洗濯用洗剤などの生活用品を購入する際に重視する基準や合成洗剤と無添加洗剤の選択される程度を分析し、人々の水環境に関する消費者購買行動を明らかにしたい。
CVM を使用した環境に関する先行研究としては、 環境省 『アンケート調査による生物多様性の経済的価値の評価 (CVM)の結果について』が参た。考になる。この先行研究では、 環境省が 2013年度に実施した生物多様性の経済的価値に関するアンケート調査に基づき、 CVM によって支払意思額が分析されている。 分析結果から、 自然環境保護の場合、地方より大都市圏での支払意思が高いことが確認された。 しかし、 この調査においては、地方のデータ数が少ないため、 十分な精度がない可能性のある結果が含まれるとされている。この想定を踏まえて、 九州特に佐賀県·福岡県における水環境に対する支払意思額の評価について CVM を用いて試みたい。イベントに参加し適切な情報を得た人は、 この支払意思額が高く、 非参加者は相対的に低いのではないかと想定する。 また、水環境啓発イベントの効果を検証するためには、イベント参加者と非イベント参加者の環境に対する意識を測る必要があるため、 そのように調査対象を分けてアンケート調査を行う。
AHPの概要
図1で示した AHP の階層図にあるように、「洗剤を購入する際に何を重視するか」という課題を設定し、以下で示す評価基準と代替案のもと回答してもらった。イベント参加者と非参加者の結果を比較することにより、イベント自体の効果があるのかどうかを検証することができるものと考える。
AHPの集計結果
○イベント参加者と非イベント参加者の比較
図2は佐賀大学附属図書館で開催したイベントの参加者が回答したAHP の集計結果である。合成洗剤よりも無添加石鹸方の評価が高くなっていることがわかる。具体的な数値を見ると、 「合成洗剤」 に関しては「環境保全」が0.094、「洗浄力」 が0.022、 「香り」 が0.167 という結果になった。「無添加石鹸」に関しては、 「環境保全」 0.307が、 「洗浄カ」 が0.143、「香り」が0.123 という結果になった。
図3はイベント非参加者が解答した AHPの集計結果である。有効回答者は75名だった。合成洗剤よりも無添加石鹸の方の評価が高くなっていることがわかる。具体的な数値を見ると、 「合成洗剤」に関しては「環境保全」が0.067、「洗浄力」 が0.255、「香り」 が0.177 という結果になった。
2つの図(図2と図3) を比較すると、 イベント参加者の方が非イベント参加者に比べて「無添加石鹸」 を好む人が多いことがわかる。 また、無添加石鹸の評価基準を見ると、 参加者の方が 「環境保全」を重視していることがわかる。このことから、イベント参加者は環境保全を重視する傾向にあるので、無添加石鹸が選ばれたと考えられる。
CVMの概要
今回私たちは、仮想市場評価法 (CVM: Contingent Valuation Method)を用いて、仮に有明海を保全するための基金が創設されるとして、 年額いくら支払えるかを尋ねた。
○イベント参加者と非イベント参加者の比較
表3はイベント参加者の有明海を保全するための基金に関するCVM を、表4はイベント非参加者の有明海を保全するための基金に関するCVM に関するCVM を示している。 イベント参加者の平均値が2,700円、中央値は1,615円だったのに対し、 イベント非参加者の平均値は2,148円、 中央値は1,036円だった。平均値 中央値ともにイベント参加者の支払い意思額が600円近く高くなっている。平均値·中央値ともに水環境啓発イベント参加者の方が大きかったことから、今回のようなイベントは人々の水環境に対する意識を向上させるのに有効であると言える。
まとめ
本研究では、イベント参加による環境意識の変化を中心にアンケートを用いて調べた。AHP からは、イベント参加者が非参加者に比べ、今後洗先濯用洗剤を購入する際、環境保全という基準を重視した上で無添加洗剤を購入したいということがわかった。 また CVMでは2つの調査を行ったが、 どちらもイベント参加者が非参加者と比較して、 環境に対して高い支払い意思額を有することが明らかになった。 このことから、イベントに参加して合成洗剤と無添加洗剤それぞれの特徴等の知識のインプットや、 実際に石けんづくりをするといった体験が、環境意識の向上につながったと考えられる。またイベント参加者のほとんどが、今後このような体験型のイベントれば参加したいと回答しており、環境意識を向上させる上で今回のイベント開催は有効であったと考えられる。今後水環境を良くしていくためには、 一人ひとりができることを自らで情報収集すること、 加えて地域住民が適切な情報を得る機会を行政が提供したり、行政をあげて水環境に優しいものを人々が使いやすくするための施策をとったりするべきと考える。多くの人が水環境に優しいものを使うことで、より良い水環境をつくる余地がある。